雨橋のつぶやき日記

ゲイの文系院生、考えたことをつらつら書いてます。

ゲイの私が勉強を頑張る理由。

勉強は嫌いでなく、むしろ好きな雨橋です。

 

「変わってる」とか「気持ちがわからない」とか

ときには「なんかウザい」なんて

心無い言葉をかけられることもありますが、

昔から勉強に対して

「嫌だなぁ」みたいな意識はなかったです。

 

さて、さっきまで課題として

英米文学を翻訳していたのですが、

ふと「なんで俺って勉強しているんだろ」

と考えました。

 

すると思い当たる点がいくらかあったので

つらつら書きますね。

本記事は、ところどころ

高飛車な点もあるかもしれませんが

ご了承ください。

 

 

 

まず自分のセクシュアリティに気付いた頃、

ふと考えたのです。

「結婚できない以上、

自分一人でも

食っていけるようにしとかな…」

 

当時は特定のパートナーと交際することなんて

頭にこれっぽっちもなかったので

「せめて自分は養えるように…」

という気持ちが勉強のモチベーションでした。

 

加えて、周りの揶揄の声などを耳にしつつ、

どこか

「せめて学業では見返したい!

今にみておけ、ノンケたちよ」

みたいな気持ちも少なからずあったと思います。

 

性悪な考えですが、クラスに一人、

すごくホモフォビックで、

私にやたらと噛み付くクラスメイトがいました。

揶揄を受ける毎に、彼に対して

「いや、コイツには絶対負けたくねぇ」

みたいな気持ちが生まれ必死で勉強していました。

 

 

 

高校生の頃や学部時代は

真剣に英語を勉強するようになりました。

同性婚できる国に行って幸せになってやる!

そのために英語は絶対必要なんじゃあ!」

なんて性的少数者に寛容な国に移住するため、

必死こいて英語を勉強していました。

 

オバマ大統領によって、

アメリカ全州で同性婚が可能となった時、

「うぉ!絶対アメリカに住んでやる!」なんて

心に決めたのを覚えています。

 

 

 

それと正直、勉強ができるようになって

「モテたい」みたいな気持ちも

あったのかなぁ…なんて思います。

「私自身が女性にモテれば、

私の好きな男子が女性にモテる可能性、

女性と付き合う可能性を減らせる!」なんて

これまた性悪な考えも

無意識のうちにあったのかもしれません。

 

(今ではそんな思いはまったくありませんが)

もしかしたら当時は自然と

平和な異性愛者の体系をブチ壊してやるww

キェーーーww

みたいな過激な考えがあったのかもしれません。

 

 

 

また私自身が

博識でウィットに富んだ人に惹かれるので、

自分自身もそうありたいと

勉強していたような気がします。

 

好きだった人が数学が得意で英語が苦手、

一方で、私は英語が得意で数学が苦手でした。

そんな彼とお互い教え合う瞬間が本当に好きで

「あー、分かった!さすが雨橋」

なんて言われたメールは即座に保護していました。

懐かしのガラケー時代(笑)

 

 

 

さてさて長々と書きましたが、

やはり勉強を通して、

ある意味での理論武装をしたい

みたいな気持ちがあったのだと思います。

 

まだまだ浅学で勉強中の身ですが、

生涯学習なんていう言葉もあるように、

これからも幅広く物事を学んでいきたいです。